結論:省略できるのは「客観的に十分な知識及び技能」がある科目だけ
結論から言うと、労働安全衛生規則第37条により、特別教育の科目の全部又は一部について、労働者が「十分な知識及び技能を有していると認められる」場合に限り、その科目の特別教育を省略できます。条文は「事業者は、法第五十九条第三項の特別の教育の科目の全部又は一部について十分な知識及び技能を有していると認められる労働者については、当該科目についての特別教育を省略することができる」と定めており、判断の主語はあくまで事業者です。ただし、これは「経験が長いから」「本人が大丈夫と言っているから」といった主観的な理由だけで広く使える規定ではありません。前職や別の事業場で同種の特別教育を修了した記録がある、当該業務に関して特別教育より上位の資格(技能講習修了・免許)を保有している、職業訓練校で同等の訓練を修了しているなど、客観的に裏付けられる事実がある場合に限って省略が認められると考えられています。対象業務の該当性や省略の可否は、所轄の労働基準監督署や労働安全コンサルタント等の専門家にご確認ください。
なぜ省略できるのか(安衛法59条3項・安衛則36条・37条の関係)
事業者は、労働者を危険又は有害な業務に就かせるときは、当該業務に関する安全又は衛生のための特別の教育を行わなければならないと定められています(労働安全衛生法第59条第3項)。対象となる業務は労働安全衛生規則第36条に約49の号として列挙されており、アーク溶接、電気取扱い、玉掛け、高所作業車の運転、フルハーネス型墜落制止用器具を用いた作業などが含まれます(職場のあんぜんサイト「特別教育」解説)。
この59条3項の義務は、業務ごとに定められた学科・実技をすべて受けさせることが原則ですが、労働者がすでに同等の知識・技能を身につけている場合にまで一律に再教育を強制すると、企業にとっても労働者にとっても過大な負担になります。そこで安衛則37条が例外として、科目単位での省略を認めています。ここで重要なのは「業務単位」ではなく「科目単位」で判断する点です。たとえば低圧の充電電路等の取扱いの業務は学科7時間・実技7時間で構成されますが、学科は未経験でも実技だけ他の事業場で十分に積んでいるようなケースでは、実技科目のみを省略し、学科は改めて受けさせるという判断もあり得ます。省略の可否は科目ごとに検討する必要があり、業務全体をまとめて「経験者だから不要」と判断することはできません。
代表的な業務の学科・実技の時間数は、安全衛生特別教育規程(昭和47年労働省令)で次のとおり定められています。省略を検討する際は、まずこの時間数と科目の内訳を正確に把握することが出発点になります。
| 対象業務(安衛則36条) | 学科 | 実技 |
|---|---|---|
| アーク溶接等の業務(第3号) | 11時間 | 10時間 |
| 電気取扱い・低圧(第4号) | 7時間 | 7時間 |
| フォークリフト(最大荷重1t未満)の運転(第5号) | 6時間 | 6時間 |
| 玉掛け(つり上げ荷重1t未満、第19号) | 5時間 | 4時間 |
| フルハーネス型墜落制止用器具を用いた業務(第41号) | 4.5時間 | 1.5時間 |
たとえば、他社で低圧電気取扱いの特別教育(学科7時間・実技7時間)をすでに修了している中途採用者を5名受け入れる場合を考えます。修了記録が確認でき、37条の省略要件を満たすと事業者が判断できれば、1人あたり学科7時間+実技7時間の計14時間が対象になるため、5×14=70時間分の教育を新たに実施せずに済む計算になります。逆に、修了記録が確認できない、あるいは記録はあっても業務内容が実質的に異なる場合は、省略の根拠がないため通常どおり全科目を受けさせる必要があります。自社の作業者にどの業務でどの特別教育が必要か、学科・実技それぞれ何時間かをまず確認したい方は、特別教育 要否チェッカーで従事業務を選ぶと、必要な教育と時間数、根拠となる号を確認できます。
自社で確認・対応する手順
省略の適用を検討する際は、次の順番で確認すると判断の抜け漏れが少なくなります。
- 対象業務と必要科目の特定:作業者が就く業務を安衛則36条の号と照合し、必要な特別教育の学科・実技の科目と時間数を確認します。
- 省略を主張する根拠の収集:前職での特別教育修了証、技能講習修了証や免許証の写し、職業訓練校の修了証明など、客観的な証拠を作業者本人から提出してもらいます。口頭の申告だけでは根拠になりません。
- 科目単位での該当性判断:収集した証拠が、今回省略しようとしている科目(学科・実技それぞれ)の内容と実質的に対応しているかを確認します。業務内容や設備が異なる場合は、省略の対象外と判断すべき場合があります。
- 判断根拠の記録化:省略を適用した場合は、誰が・どの科目を・どの根拠に基づいて省略したかを書面で残しておきます。労働安全衛生規則第38条は実施した特別教育の受講者・科目等の記録を3年間保存するよう義務付けており、省略した科目についても判断根拠を残しておくことが、後日の監督署対応の備えになります。
- 迷う場合は省略しない:証拠が不十分、あるいは業務内容の対応関係に自信が持てない場合は、省略せずに通常どおり教育を実施するほうが安全です。省略の判断を誤ると、その科目については特別教育が「未実施」だったと扱われるおそれがあります。
注意点・誤解しやすいポイント
第一に、省略は「全部省略」を意味しません。安衛則37条は科目の「全部又は一部」について省略できると定めており、学科は省略できても実技は省略できない、あるいはその逆というケースも起こり得ます。まとめて「この人は経験者だから特別教育は不要」と判断するのは条文の読み方として正確ではありません。
第二に、省略の判断者は事業者であって、労働者本人の自己申告だけで決まるものではありません。判断の妥当性は、後から第三者(労働基準監督署や、労働災害が起きた場合の裁判所)が検証できる形の客観的な証拠に基づいている必要があります。
第三に、省略した科目についても記録を残さないと、監督署の臨検や労災発生時の調査で「教育を実施していない」ことと区別がつかなくなるおそれがあります。省略したという判断そのものも、実施記録と同様に、いつ・誰が・どの根拠で判断したかを残しておくべき事項です。記録を作成せず特別教育を行った場合は安衛則38条違反として労働安全衛生法第120条(50万円以下の罰金)の対象となり得ますが、そもそも省略の判断根拠自体が誤りだった場合は、その科目に関する教育が「未実施」だったとして、同法第119条(6か月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)の対象になり得る点にも注意が必要です。対象業務の該当性や省略規定の適用範囲など個別の取り扱いは、所轄の労働基準監督署や労働安全コンサルタント等の専門家にご確認ください。
作業者ごとに、どの科目を受講済みで、どの科目を省略し、その根拠は何だったかを紙やExcelだけで管理し続けるのは、作業者数が増えるほど負担になりがちです。安全教育台帳では、作業者ごとの受講記録と3年の保存期間をクラウドで管理でき、14日間の無料トライアル(クレジットカード不要)で試すことができます(/signup)。まとめる前に、特別教育 要否チェッカーで自社の作業者に必要な特別教育の科目と時間数を実際に確認してみることをおすすめします。
まとめ
- 安衛則37条により、特別教育の科目の全部又は一部は、労働者が十分な知識及び技能を有していると認められる場合に省略できる
- 省略の可否は「業務単位」ではなく「科目単位」で判断し、経験年数などの主観的な理由だけでは根拠にならない
- 省略の根拠は、前職での修了記録・上位資格・職業訓練の修了証明など客観的な証拠で裏付ける必要がある
- 省略した場合も、判断根拠を書面で残しておくことが監督署対応の備えになる
- 判断に迷う場合は省略せず、通常どおり学科・実技を実施するほうが安全である
よくある質問
Q. ベテラン作業者であれば、特別教育を省略できますか。
経験年数が長いというだけでは、安衛則37条の「十分な知識及び技能を有していると認められる」要件を満たす根拠にはなりません。前職での同種の特別教育の修了記録や、上位資格の保有など、客観的に確認できる証拠が必要です。個別の判断は所轄の労働基準監督署にご確認ください。
Q. 省略した科目についても記録を残す必要がありますか。
法令上、労働安全衛生規則第38条が定める記録・3年間保存の対象は実施した特別教育です。ただし、省略した科目についても、誰が・どの根拠で省略と判断したかを書面で残しておくことは、後日その判断の妥当性を説明するために実務上重要です。
Q. 技能講習や免許を持っていれば、対応する特別教育は自動的に省略されますか。
自動的に省略されるわけではなく、事業者が個別に「十分な知識及び技能を有していると認められる」かどうかを判断する必要があります。ただし、当該業務について特別教育より上位の資格(技能講習修了・免許)を保有していることは、省略を判断するうえで有力な根拠の一つとされています。
Q. 省略の判断を誤っていた場合、どのような扱いになりますか。
省略の根拠が不十分で、実際には十分な知識及び技能があったと言えない場合、その科目については特別教育が行われていなかったことになります。労働安全衛生法第59条第3項の義務を果たしていないとして、同法第119条の対象になり得ます。判断に迷う場合は省略せず、通常どおり教育を実施することをおすすめします。