「雇入れ時教育」と「特別教育」、同じ安全教育でも中身は別物
新しく人を採用したとき、あるいは危険・有害な作業に人を配置するとき、「安全衛生教育」という言葉がいくつも出てきて、どれをどこまでやれば法令上足りているのか迷う方は少なくありません。「雇入れ時教育をやったから特別教育はいらないのでは」「特別教育の記録は3年保存と聞いたが、雇入れ時教育も同じように残す必要があるのか」といった疑問は、現場の安全衛生担当者や安全衛生推進者からよく聞かれる悩みです。この記事では、両者の違いと、両方が必要になるケースの見分け方を、根拠条文とともに整理します。
結論:対象と内容が違う別制度。危険・有害業務に就く人は「両方」必要
結論から言うと、雇入れ時教育と特別教育は法律上の根拠も対象も別の制度です。
- 雇入れ時教育:労働者を新たに雇い入れたとき、または作業内容を変更したときに、業種・職種を問わずすべての労働者に対して行う教育です(労働安全衛生法59条1項・2項、労働安全衛生規則35条)。
- 特別教育:労働安全衛生規則36条に列挙された危険または有害な業務に労働者を就かせる前に、その業務ごとに定められた学科・実技を修了させる教育です(労働安全衛生法59条3項)。
したがって、フォークリフトの運転やアーク溶接など特別教育の対象業務に労働者を就かせる場合は、雇入れ時教育を行ったうえで、さらにその業務に対応する特別教育も別途修了させる必要があります。片方をやったからもう片方は省略できる、という関係にはありません。この前提を押さえたうえで、それぞれの内容と記録の扱いを見ていきます。
雇入れ時教育の中身:根拠と8つの教育事項
雇入れ時教育は、労働安全衛生法59条1項で「労働者を雇い入れたときは、当該労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、その従事する業務に関する安全又は衛生のための教育を行わなければならない」と定められ、作業内容を変更したときも同項が準用されます(同条2項)。この「厚生労働省令」にあたるのが労働安全衛生規則35条で、教育すべき事項として次の8項目が挙げられています(厚生労働省「雇入れ時等の教育」、職場のあんぜんサイト)。
- 機械等、原材料等の危険性または有害性およびこれらの取扱い方法
- 安全装置、有害物抑制装置または保護具の性能およびこれらの取扱い方法
- 作業手順
- 作業開始時の点検
- 当該業務に関して発生するおそれのある疾病の原因および予防
- 整理、整頓および清潔の保持
- 事故時等における応急措置および退避
- 前各号に掲げるもののほか、当該業務に関する安全または衛生のために必要な事項
雇入れ時教育は、正社員に限らずパート・アルバイト・派遣労働者も対象です。また、十分な知識・技能を有していると認められる労働者については、該当する事項の教育を省略できます(労働安全衛生規則35条2項)。業種によっては1〜4の項目を省略できる場合もありますが、どの業種区分に該当し、どこまで省略できるかは事業場の実態によって判断が分かれるため、断定せず所轄の労働基準監督署に確認することをおすすめします。
特別教育の中身:根拠と「業務ごとに決まった時間数」
一方の特別教育は、労働安全衛生法59条3項「事業者は、危険又は有害な業務で、厚生労働省令で定めるものに労働者を就かせるときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務に関する安全又は衛生のための特別の教育を行なわなければならない」に基づく教育です。対象となる業務は労働安全衛生規則36条に号ごとに列挙されており、アーク溶接、研削といし、フォークリフト(最大荷重1トン未満)の運転、玉掛け(つり上げ荷重1トン未満)、フルハーネス型墜落制止用器具を用いる作業など、現場でよく登場する作業が数多く含まれます。
雇入れ時教育と違い、特別教育は科目と時間数が業務ごとに「安全衛生特別教育規程」(昭和47年労働省告示第92号)で細かく定められている点が特徴です。代表的な業務の時間数は次のとおりです(2026年時点の規定)。
| 対象業務(安衛則36条の号) | 学科 | 実技 | 合計 |
|---|---|---|---|
| アーク溶接(3号) | 11時間 | 10時間 | 21時間 |
| 電気取扱い(低圧・4号) | 7時間 | 7時間 | 14時間 |
| 高所作業車の運転(作業床10m未満・10号の5) | 6時間 | 3時間 | 9時間 |
| 玉掛け(つり上げ荷重1t未満・19号) | 5時間 | 4時間 | 9時間 |
| フルハーネス型墜落制止用器具を用いた業務(41号) | 4.5時間 | 1.5時間 | 6時間 |
たとえばアーク溶接の業務に就かせる場合、学科11時間に実技10時間を加えた計21時間を修了させなければなりません。仮に新規採用者5名を同時にアーク溶接の業務に配置するなら、1人あたりの学科・実技の合計時間21に人数5を掛けた「21×5=105」時間分の教育時間を確保する計算になります。低圧の電気取扱いであれば学科7時間・実技7時間の計14時間です。雇入れ時教育の8項目のような概括的な説明とは異なり、特別教育は業務固有の危険性に即した科目構成と時間数が決まっているため、自己流の簡易講習では足りません。
どの業務にどの特別教育が必要で、学科・実技が何時間になるかを一つずつ条文で確認するのは手間がかかります。自社の作業者が従事している業務から必要な特別教育と時間数をすぐ確認したい方は、特別教育 要否チェッカーで業務を選ぶだけで該当する教育と根拠の号を確認できます。
両方が必要になる典型ケース
現場で特に確認漏れが起きやすいのは、次のようなケースです。
- 新規採用者をいきなり特別教育対象の業務に配置する場合:雇入れ時教育(規則35条)を行った後、配置先の業務が規則36条の対象業務であれば、その業務に対応する特別教育を別途修了させる必要があります。雇入れ時教育の中で「危険性・取扱い方法」に軽く触れただけでは、特別教育の修了要件を満たしたことにはなりません。
- 配置転換で危険・有害業務に異動させる場合:すでに雇入れ時教育を済ませている労働者でも、作業内容の変更時には教育義務が再度生じます(法59条2項)。異動先が特別教育の対象業務であれば、この教育変更とは別に特別教育の修了が必要です。
- 知識・技能があると判断して省略した場合:規則35条2項・規則37条にはそれぞれ省略規定がありますが、特別教育側の省略(規則37条)は「他の事業場で同種の特別教育を既に受けている」などの限定的な要件があり、雇入れ時教育の省略と混同して安易に適用すると不足が生じます。
自社で確認・対応する手順
実務では、次の順番で確認すると過不足を防ぎやすくなります。
- 新規採用者・配置転換者の従事業務を洗い出し、労働安全衛生規則36条の対象業務に該当するかを確認する。
- 該当する場合は、安全衛生特別教育規程に定められた学科・実技の科目と時間数を確認し、特別教育を実施する(雇入れ時教育とは別に実施が必要)。
- 雇入れ時教育は規則35条の8項目に沿って実施し、省略する項目がある場合はその根拠(業種・知識技能の有無)を記録しておく。
- 特別教育については、受講者氏名・科目・実施日時・実施者などを記録し、3年間保存する(労働安全衛生規則38条)。雇入れ時教育については同条のような明文の保存期間の定めは見当たりませんが、実施記録を残しておけば、監督署の調査や元請への安全書類提出の際に説明がしやすくなります。
複数の作業者・複数の業務について記録を紙やExcelで管理していると、「誰が」「いつ」「どの特別教育を」修了したか、3年保存の期限がいつまでかを追うのが煩雑になりがちです。安全教育台帳では、作業者ごとの受講記録と3年の保存期間をクラウドで管理でき、14日間の無料トライアル(クレジットカード不要)で試すことができます(/signup)。
注意点・誤解しやすいポイント
- 「特別教育=技能講習」ではない:フォークリフト(最大荷重1トン以上)や玉掛け(つり上げ荷重1トン以上)など、一定の規模を超える業務は特別教育ではなく技能講習(労働安全衛生法76条)や免許(同法72条)の対象に切り替わります。特別教育で足りる範囲かどうかは、重量やサイズの区分を必ず確認してください。
- 雇入れ時教育をやれば特別教育の時間を短縮できるわけではない:雇入れ時教育の内容と特別教育の科目は重複する部分もありますが、法令上は別の教育として扱われ、雇入れ時教育の実施をもって特別教育の時間数を減免する規定はありません。
- 特別教育の省略(規則37条)は限定的:他の事業場等で同種の特別教育を受けた記録がある場合などに限られ、「経験があるから」「知っていそうだから」という事業者の判断だけでは省略できません。
- 記録の保存期間の起点を誤解しない:特別教育の3年保存(規則38条)は、その記録を作成した日や修了日を起点に保存義務が生じるものであり、保存期間が満了したからといって再教育が必要になるわけではありません。特別教育そのものに法定の更新義務はない点も、混同しやすいポイントです。
対象業務の該当性や省略規定の適用など個別の取り扱いは、所轄の労働基準監督署や労働安全コンサルタント等の専門家にご確認ください。
自社の作業者がどの特別教育の対象業務に就いているか、学科・実技の時間数が足りているかを一度棚卸ししたい場合は、特別教育 要否チェッカーで業務ごとに確認してみることをおすすめします。
まとめ
- 雇入れ時教育(規則35条)はすべての労働者が対象、特別教育(規則36条)は危険・有害業務に就く労働者が対象で、法律上の根拠(法59条1項・2項/3項)も別です。
- 特別教育は業務ごとに学科・実技の時間数が安全衛生特別教育規程で定められており、アーク溶接なら学科11時間+実技10時間など、業務によって必要時間が大きく異なります。
- 危険・有害業務に労働者を配置する際は、雇入れ時教育を行ったうえで、さらにその業務に対応する特別教育を別途修了させる必要があります。
- 特別教育の受講記録は規則38条により3年間保存が必要です。雇入れ時教育の記録保存は明文の定めが見当たらないものの、実施記録は残しておくことが望ましいといえます。
- 次のアクションとして、まず従事業務ごとに特別教育の要否と時間数を確認し、記録の保存体制を整えることから始めてみてください。
よくある質問
Q. 雇入れ時教育を受けていれば、特別教育は省略できますか?
できません。雇入れ時教育(労働安全衛生規則35条)と特別教育(同規則36条)は根拠条文も対象も異なる別の制度であり、危険・有害業務に就かせる場合は雇入れ時教育とは別に、その業務に対応する特別教育を修了させる必要があります。
Q. 特別教育の学科・実技の時間数はどこで確認できますか?
安全衛生特別教育規程(昭和47年労働省告示第92号)に業務ごとの科目と時間数が定められています。自社の作業者が従事している業務から該当する特別教育を確認したい場合は、特別教育 要否チェッカーでも確認できます。
Q. 雇入れ時教育の記録も3年間保存する必要がありますか?
特別教育については労働安全衛生規則38条で受講者・科目等の記録を3年間保存することが明文で定められていますが、雇入れ時教育について同様の保存期間を定めた条文は見当たりません。もっとも、実施記録を残しておくことは監督署対応や元請への安全書類提出の観点から望ましく、実務上はあわせて記録・保管している事業場が多いです。
Q. パートやアルバイト、派遣労働者にも雇入れ時教育は必要ですか?
必要です。雇入れ時教育は雇用形態を問わず、新たに労働者を雇い入れたときに行う教育です。派遣労働者については、特別教育は派遣先が実施義務を負う点にも注意してください。
Q. 省略できる項目や業種の区分がよくわかりません。どう確認すればよいですか?
労働安全衛生規則35条には、十分な知識・技能を有する労働者について該当事項を省略できる規定があり、業種によって一部項目の省略が認められる場合もあります。どの業種区分に該当し、どこまで省略できるかは事業場の実態によって判断が分かれるため、所轄の労働基準監督署に確認することをおすすめします。